3つに分けた州が、3つとも同じ側につきました ― 新刊『中国史は地理で決まる3』を投資家目線で紹介します

投資戦略ラボ

新刊を刊行しました。『中国史は地理で決まる3 東晋と劉宋 なぜ反乱は、いつも「上流」から下ってくるのか』です。317年に司馬睿が長江の南で晋を建て直してから、479年に蕭道成が南斉を建てるまでの162年間を、全14章・図版29点で書きました。

歴史の本ですが、投資の話として読める箇所が多いので、そちらの角度から紹介します。

いちばん驚いてほしいのは、454年の組織再編の顛末です。当時もっとも危険だったのは長江上流の荊州でした。そこで劉宋の孝武帝・劉駿は、巨大な荊州を3つの州に分割します。1か所に集中したリスクを3つに割る、教科書どおりの分散に見えます。

ところが466年、その3つの州は3つとも同じ側につきました。皇帝・劉彧が押さえていたのは建康周辺の数郡だけです。分けても、分けた先を同じ力が動かしているなら分散にはならない。1600年前の南朝では、その「同じ力」が地形でした。3つの州はどれも上流にあり、都に対して同じ立場に立っていたのです。

これは、先日まで書いていた暴落研究の結論とまったく同じ構造です。リーマンショックのとき、日経平均はマイナス59%、無ヘッジで米国株を持っていた日本人はマイナス63%でした。地域を分散していたのに、円高という一つの力が両方を動かしたからです。

note記事では、このほかに次のような読み替えを扱っています。

  • 川の真ん中の夏口(今の武漢)に打った楔が効いたのは24年後だった。組織再編の効果はPLに出るまで時間がかかる
  • 内側を締めた分だけ外へ出る力を失った ― ガバナンス強化と成長のトレードオフ
  • 黄河は冬に凍ると壁をやめて道になる。参入障壁が「凍る季節」はいつか
  • 元嘉の治30年の蓄えが、450年の大北伐一度で消えた。『皇帝の財務諸表』の前漢・武帝と同じ型
  • 劉裕は洛陽と長安の両方を取った唯一の南の君主だが、三門峡の砥柱で船が止まり1年で長安を失う。取った市場に供給を届け続けられるか
  • 100万と号した前秦軍が淝水で崩れた理由。規模の経済は同じ土俵の上でしか効かない
  • 淮北4州を手放して国境が600キロから200キロに縮んだ結果、淮陰という新しい椅子が生まれ、そこに座った将軍に王朝を取られた。事業を縮小すると、どこに新しい重心が生まれるか

続きは、noteの記事でお読みください。

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既刊はこちらです。

▶ 『中国史は地理で決まる 地図を片手に読み解く覇道の真実』
▶ 『中国史は地理で決まる2 八王の乱と五胡十六国』
▶ 『皇帝の財務諸表 歴史の興亡をキャッシュフローで解く』

第1巻・第2巻を読んでいなくても、この巻から読めます。舞台が長江の南にまるごと移るので、ここが切れ目としてちょうどよいためです。次は第4巻で北朝を書く予定です。

なお、本記事は歴史の本の紹介であって、特定の銘柄や投資手法を勧めるものではありません。投資の判断はご自身の責任でお願いします。

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