1. 140年の蓄積が生んだ「紐が腐るほどの富」
高祖・劉邦の建国から、文帝・景帝という「守りの経営者」の時代まで、漢王朝は約140年にわたり徹底した節約と蓄財を続けました。 当時の国庫の様子は、史書に「銭の紐が腐って、数えきれないほどだった」と記されています。
富の象徴
当時の通貨は中央に穴の空いた「銭」で、それらを紐で通して管理していました。その紐が腐って千切れるほど放置されていたということは、現金が動かされずに積み上がっていた、つまり「超・キャッシュリッチ」な状態を意味します。
企業の視点
投資もせず、配当も出さず、ひたすら現金を溜め込んだ「内部留保の塊」のような会社を引き継いだのが、6代目の武帝でした。
2. 巨大な「不採算事業」:匈奴遠征の泥沼
武帝は、この莫大な内部留保を原資に、北方の匈奴への遠征という巨大な「新規事業」に打って出ました。しかし、この新規事業には致命的な欠陥がありました。
膨大な物流コスト
砂漠を越えて軍隊を送るには、兵士1人に対して、その食糧を運ぶための膨大な人足(コスト)が必要です。輸送中に食糧のほとんどを消費してしまうため、前線に届く頃にはコストが数十倍に跳ね上がる「非効率な物流構造」でした。
リターンの乏しさ
征服した土地は農業に適さない不毛な地が多く、占領しても税収(リターン)が見込めません。
維持費の増大
占領地を守るためにさらに兵を置く必要があり、支出だけが雪だるま式に増える「赤字の垂れ流し」状態に陥ったのです。
結果として、140年かけて貯めた内部留保は、武帝一代の間に文字通り「溶けて」なくなりました。
3. 生物の宿命を「収益化」した専売制
国庫が底をつき、破綻の危機に直面した武帝が、なりふり構わず手をつけたのが「塩と鉄の専売」です。
生物学的必然性
人体にとって、塩(ナトリウム)は細胞の浸透圧を保ち、神経伝達を司るために一刻も欠かせない「生命維持のアセット」です。人間は、欲しくなくても塩を摂らなければ死にます。
保存食のインフラ
農学的に見れば、冷蔵庫のない時代に食糧を長期保存する「塩漬け」は生存の鍵でした。
投資の視点
武帝は、この「生物学的な参入障壁」を法律で独占しました。国民全員から、生きるための「命の更新料」を強制的に徴収する仕組みを作ったのです。
4. 宣帝による「経営再建」の成功
武帝が広げすぎた大風呂敷を、現実的な路線に引き戻したのが宣帝です。 彼は「プロ経営者」のように、過去の負の遺産を整理しました。
不採算事業の整理
無益な遠征(投資)を中止し、軍事費を大幅にカット。
収益モデルの継承
不評だった「専売制」は、単に廃止するのではなく、国家を支える安定したストック収入として温存しました。
これにより、漢王朝のキャッシュフローは劇的に改善し、再び安定した「中興」の時代を迎えることになったのです。
投資への教訓
その事業に「リターン」はあるか?
本稿の結論はこうです。
どんなにキャッシュを持っている企業でも、リターンのない新規事業に大金を投じ続ければ、あっという間に倒産危機に陥ります。
私たちが投資すべきは、武帝のような派手な拡大路線ではなく、宣帝のように『稼ぐ仕組み(塩の専売)』を冷静に運用し、『不採算なコスト(無謀な遠征)』を切り捨てられる規律ある経営者なのです。

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